御子イエスの血は、すべての罪から私をきよめます
ヨハネの手紙第一1章7節の血についての言葉をさらに詳しく見ていきましょう。「もし私たちが、神が光の中におられるように、光の中を歩んでいるなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血がすべての罪から私たちをきよめてくださいます。」
「光の中を歩むこと」、「互いに交わりを持つこと」、「血によってきよめられること」- この三つの要素が神のことばによって関連し合い、結びつけられていることは、すでに見てきました。多くの人が血によるきよめと守りを求めますが、それを受け取るための条件を満たしてはいません。イエス・キリストの血によるきよめは、条件を満たした結果として生じるものです。その条件とは、神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいることです。そして、その結果は二つあります。血によるきよめは、二つ目の結果です。最初の結果は、互いに交わりを持つようになることです。
論理的に言えば、私たちが互いに交わりを持っていないなら、光の中を歩んでいないことになります。そして、もし私たちが光の中を歩んでいないなら、論理的には、イエスの血によるきよめを求めることはできません。つまり、もし私たちが交わりから外れているなら、私たちは光の外におり、また、光の外にいるなら、血はもはや私たちをきよめないという結論に達します。イエスの血は光の中でだけきよめるからです。これは、私たちが理解すべき最も重要な原則の一つです。
【祈り】
主よ、イエスさまの血を感謝します。イエスさまが光の中におられるように、私も光の中を歩み、交わりを積極的に保ち、罪からきよめられることを心から願います。御子イエスの血は、すべての罪から私をきよめてくださいます。アーメン。