私は聖霊によって神に近づくことができます
新約聖書では、神の民を「クリスチャン」や「信者」と呼んでいる箇所はわずかです。最もよく使われている呼び名は、「兄弟たち」です。この呼び名は、一つの霊的家族の一員であることを強調しています。パウロがエペソ人への手紙2章18節で書いているように、「キリストを通して、私たち二つのもの〔ユダヤ人と異邦人〕が、一つの御霊〔聖霊〕によって御父に近づくことができ」ます。この聖句の中には、三位一体の神の位格すべてが登場します。御子イエスを通して私たちは、一つの御霊によって、御父に近づくことができると言っています。
次の節では、その驚くべき結果が明らかにされています。「こういうわけで〔御父に近づくことができるので〕、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです」(19節)。キリストが私たちに御父への道を開いてくださったので、私たちは神の家族の一員となりました。
神の家族は、御父と家族一人ひとりの関係によって成り立っています。新約聖書が書かれたギリシャ語では、「父」と「家族」に使われている語は非常に似ています。「父」はpaterで、「家族」はpatriaです。これはpaterから派生した語です。この関係は、パウロの祈りの中にはっきりと示されています。
こういうわけで、私は膝をかがめて、天と地にあるすべての家族の、「家族」という呼び名の元である御父の前に祈ります。(エペソ3:14-15)
ここには、ギリシャ語の「御父」と「家族」という語の本来の役割が見られます。父(pater)なる神は、天と地にあるすべての家族(patria)の元であると言っています。家族は父から来ているのです。神が私たちのお父さんであるので、私たちは神の家族の一員です。
【祈り】
主よ、あなたのもとに行くことができることを感謝します。私は神の家族の一員とされていることを宣言します。私は聖霊によって神に近づくことができます。アーメン。