賛美のいけにえを絶えずささげようではありませんか
イエスの十字架は、自分を喜ばせることと、世を喜ばせることという障害を取り除いてくれます。そして、私たちは自分自身に起こることに影響されなくなると、気分や問題、逆境などにも大きな影響を受けなくなります。周りの世界で起こっていることに戸惑うことがなくなるのです。
ニュースを聞くと、危機、災害、犯罪、不道徳など、世界の状況はかなり悪いと思うかもしれません。しかし、世界が私たちを支配したり、私たちの思考を支配したりしているのではないことを理解する必要があります。私たちはこの世にいますが、世のものではありません。私たちが世の束縛から解放されたとき、つまり、私たちの思考がもはや世に支配されなくなり、世界に対する私たちの内なる態度が十字架によって解放されたとき、私たちの賛美を妨げるものは何も残っていないのです。
世の中や自分がうまくいっている時だけ、神を賛美するのではありません。神は賛美されるにふさわしいお方だから賛美するのです。私たちの解放された霊は、自己愛や世への愛に巻き込まれることはありません。
その人がどれだけ賛美しているかをよく観察してみると、その人について多くのことがわかります。その人は古い人の奴隷なのか、それとも新しい人の復活のいのちに入ったのかが分かるのです。古い人は不平を言います。しかし、新しい人は賛美する人です。あなたはどちらでしょうか。古い人は、「これ以上はもう耐えられない」、「状況は悪化しすぎている」、「誰も私をまともに扱ってくれない」、「世はいったいどうなっているんだ」と言います。新しい人は、「ハレルヤ、主を賛美します。私は自由です。神の子です。天が私の家です。神は私を愛しておられる」と言います。
あなたの態度はどちらでしょうか。
【祈り】
主よ、あなたに感謝し、あなたを賛美します。私は賛美を受けるにふさわしい神さまに賛美をささげるために十字架によって解放されました。私は賛美のいけにえを絶えずささげます。アーメン。